新進気鋭の醸造家、ジェイミー・クッチ

Kutch ワイナリーが印象に残ったのは2015年3月に開催されたIPOBの試飲会でした。カリフォルニアの美しいフルーツ(ブドウ)を強調せず、スパイス(梗からの抽出した味)が特徴的で、他のピノとは違っていたからです。

このワイナリーについてレポートで「Kutchのワインはとても面白いしいいワインと思う。だけど私はカリフォルニアの太陽に恵まれて育ったカリフォルニアならではのフルーツ味を否定するということについて、複雑な気持ちがする。カリフォルニアという土地で育ったブドウというフルーツから造られてるんだから、、、、、、。」とレポートに書きました。試飲したのは2013年ヴィンテージでした。

http://www.winetalkcalifornia.com/eventreport/211-10.html

そして翌年にIPOBでKutch のピノを試飲したらスタイルが豹変していて、綺麗なフルーツ味とスパイスのバランスがとれた、素敵なワインになってました。

で、この醸造家は自分のスタイルの確立を目指して大胆に進んでいるなあと思ったのです。

その数年後にワイナリーを訪問する機会がありました。ワインは全てアルコール度が12%台、一つはなんと11%でした。

アルコール度が11%というと、一瞬、未熟なブドウの青っぽい味がして、水っぽくて、フィニッシュがちょっと苦いワインを想像してしまいます。試飲しているときにはアルコール度のことはいいませんでした。華やかな香りが注がれたグラスから飛び出してきて、綺麗な酸味をもつ繊細なピノなのでした。このワインを試飲した後でアルコール度を言われて、驚きました。カリフォルニアでアルコール度11%のワインを造る大胆さ、そして質の高いワインに仕上げてあることに感心しました。

どのようなワイン造りをしているのか、将来、どういうスタイルのピノ造りに辿り着こうとしているのか、聞いてみたくなって、小雨が降る11月初旬に決して豪華とはいえないワイナリーを訪ねました。

一般的な話ですが、カリフォルニアのカベルネ生産者は豪華なワイナリーを持っていることが多いですが、質の良いピノを造っているワイナリーの多くが小さくて、または倉庫を改良して醸造設備を整えたワイナリーを持っているか、間借りをしていることが多いです。

親から受け継いだブドウ畑もワイナリーもなくて、それにそんなにお金も持っていなくて、でも素晴らしいピノを造りたいという情熱はいっぱい持っている醸造家が多いです。ジェイミー・クッチもそんな醸造家の一人です。

さらにユニークなのはUCデイヴィス校で醸造学を学んだというバックグラウンドではなくて、良いワインと食べ物を大学時代からたくさん味わってきたことが彼の武器になっていることです。

ニューヨーク出身です。フォードハム大学(1841年に創立されたカソリック系の大学)を卒業。大学時代に友人からワインとフードについて学びました。ベビーラムチョップとバローロ、バーバレスコを組み合わせた料理などを楽しんだとのこと。もちろんブルゴーニュのジュヴレ・シャンベルタンなどを味わっていたそうです。

大学を卒業後、金融業界に入りメルリンリンチで働きました。この時にも裕福な人々に囲まれて、多くの高級ワインを楽しんでいたのですが、9月11日のテロ攻撃を体験しました。このことが彼の人生の転換期になったのです。お金を稼ぐこと、大企業で働くことではなく、幸せを求めようと決心。心の奥にとどまっていたワインに対する情熱が蘇ってワイン造りにチャレンジすることを決意。

自分の名前で造るワインはカクテルワインではなくて、料理にマッチするバランスが良く、フレッシュで酸味豊かで、アルコール度が高くないワインを造ることを目指しました。

そのために、カリフォルニア、オレゴンの大半のワインを試飲。カレラを訪れて初ヴィンテージ1978年(ハーフボトル700ケース)を飲みました。カレラは設立当初、生産量が少ないためハーフボトルだけ出していました。シャローン、ウイリアム・セリム、マウント・エデンの80年代のピノも飲みまくったそうです。

ジョシュ・ジェンセンにどのような造りをしているのか聞いていて、とても重要な点に気がつきました。カレラもマウント・エデンも除梗せず、全房で発酵していることでした。

ここで梗がパワーとリッチさ、タンニン、スパイシーなアロマ、口当たりをワインに加えていること、梗を使うことの重要性を認識したそうです。

ブルゴーニュのワインもたくさん飲んだなかで、ロマネ・コンティ、デュジャック、ルロワが好きで、ここのワインも全房使用だったので、こういうスタイルのワインを造りたいと思いました。

「あなたが造っているピノのモデルはブルゴーニュですか?」

「そうです。でもブルゴーニュのワインを造ろうと思ってません。私のワインの風味はカリフォルニアのピノです」とすぐに付け加えました。

最初のワインは2008年、コスタブラウンのマイクロ・ブラウンの指示のもとに生産。その当時、ソノマ・カウンティで全房で発酵したピノを造ったのは、クッチが初めてでした。今は、特にソノマ・コーストでは100%全房発酵でピノを生産しているワイナリーがあります。

醸造法

自然酵母で発酵、澱引きと濾過はしていない。新樽は使っていなくて、すでに使われた樽を使用。毎年ワイン造りを学び続けていて、抽出度をどの程度にするかを考えて、パンチダウンは足でしています。

ブドウをどの時点で摘むか、がキーです。桃を例えに説明してくれました。

「桃を買おうとスーパーに行きます。まだ硬くて未熟なので買いません。翌週に行ってみます。少しソフトなっていて健康です。私は健康な状態の桃を買います。その後数週間後に行ったら、柔らかくて甘いです。その味を私は好みません。すごく熟した桃は床に落ちるとつぶれます。桃の状態は不健康です。これがブドウだとしたら、酸度が低く、アルコール度の高いワインになります。そういうワインを造ろうと思っていません。ワインはフレッシュで、同時にパワーがあってリッチ、でも重さを感じないワインを造りたいと思っています。」

「きつい仕事を終えて金曜日にワインを飲もうとアルコール度の高いワインのボトルをあけました。それを飲んだら、逆に疲れが増してリラックスできませんでした。だからそういうワインを飲むのは避けたいです。」

「ブドウは健康な状態の時に摘みます。糖度が高くなってから摘んだブドウの果汁は安定していなくて酸化しやすいです。糖度が低めの時に摘んだブドウは健康で安定しているので酸化が遅いです。この果汁から造ったワインは長く熟成します。」

彼は軽くて薄いワインを造ろうとは思っていません。

そのために梗を使う重要性を強調してました。梗(全房)はタンニン、構成、リッチさ、重さを感じさせないパワーをワインに与えてくれるからです。

「ワイン造りを始めて当初、2007年のヴィンテージは梗を使わずにワインを造りました。アルコール度は12%でしたが、出来上がったワインは軽すぎました。フィニッシュも短くなってました。でも全房で発酵するとスパイス、タンニンが抽出されてリッチでパワフルになります。」

「醸造家のジェーミー・クッチは将来どのようなワインを造ろうとしているのでしょうか?」

「いい質問ですね、、、、」考え込む。

「今後、栽培にも関わりたい。優しい抽出によって、さらにデリケートなワインになるのかどうか楽しみです。」

「2016年と2017年のヴィンテージはより優しく抽出しました。小型の発酵槽でパンチダウンは発酵期間を通じて2−3回だけしました。」

「1日にですか?」と聞き返しました。

「ノー、発酵期間を通してです。」

醸造過程でブドウを非常に優しく扱っているということだと思います。

「そうしてエレガントでフィミニン、ボトルをオープンした時に花の香りが飛び出すワイン。畑の土を味わってほしい。木の香りを感じてほしい。そういったピノを造りたいです。」

最後にタイトル的に「ニューカリフォルニアワインの旗手!」ということになるのかしらと思ってニューカリフォルニアワインについて聞いてみました。答えは意外でした。

トレンドに従ってワインを造るのは嫌いだとのこと。話題になったから、何かに記載されたからというので、流行に従ってワインを造ることはしていなくて、実際に、IPOB という組織が出来てプレスが書き始めた頃には、すでにそのスタイルを信じていて自分のワインを造っていたとのこと。

「トレンドに従うよりリーダーになりたい。」とぽつりといいました。

年間生産量は3000ケース。

試飲 

2016年はベストの年だということです。

「このボトルをオープンします。少し飲んでまたコルクをしてキッチンのカウンターに置いておいても簡単に酸化しません。揮発性酸も発生しません。今、オープンしたボトルを家に持って帰って5日後に飲んでみますか?」

「ぜひ5日後に飲んでみたいです。」

 

Bohan ($49)

11.7% (実際は10.8%)

アルコール度に影響されて欲しくない。数字は意味がない。味で勝負。華やかでピュアーなチェリーとラズベリーとスパイスの香りが飛び出す。口に含むとシルキーで上品なフルーツの味が広がる。飲み込んだ後に長いフルーツ味とよく溶け合ったジューシーな酸味が続く。エレガントでフェミニンなワイン。

家に持ち帰って指示通り5日後(さすがに暑いのでキッチンのカウンターに置くのはビビってセラーに入れておきました)に飲んでみました。小粒で引き締まっていて、さらに美味しくなってました。フィニッシュが素晴らしい。カクテルワインじゃなくて料理と一緒のワインとジェイミーが言ってたように、料理とよくマッチするワイン。未熟風味は全くありません。

依然としてフレッシュ。華やかな香りが衰えていない。コクが出ている。より複雑な味わいが加わっていて、美味しいフィニッシュ。パワーも加わっている。

Signal Ridge ($49)

12%

Mendocino Ridge

ブラックチェリー、ブラックベリー、スパイス。ハニーに漬け込んだ梅干しの美味しい酸味。ソフトな口当たり。少しだけ土の香。アプローチしやすいワイン。

Sonoma county Blend ($39)

12.1%

土の香り。ブラックチェリー。パワフル。美味しいフィニッシュ。単一畑に比べると凝縮味が少ないかな。でもグッドヴァリュー。

 

Mcdougall Ranch

12%

砂岩、根が岩盤にぶつかる。そのためブドウは小粒で味が凝縮して、色が濃いめ。ドライフラワー、ブラックチェリー、リコリス、深みがあって味が何層にも重なっている。リッチ。パワフル。深いピノ香。静かに染み渡るような味わい。スパイス。果実、酸、タンニンのバランスが素晴らしい。ふくよかで長いフィニッシュ。

5日後、味がきっちりと密に詰まって、まだまだこれからもよくなりそう。コクが出て旨味も加わっていた。

どのワインも品質が高く畑の個性が明確に表現されている。

私が初めてクッチのワインを試飲した時のことに触れると、「学ぶのに時間がかかります。それにヴィンテージも影響してたと思います。ブルゴーニュでは長い月日をかけた醸造法ですが、カリフォルニアではまだ新しいです。」とのこと。

どんなピノを造るのか、イメージがきっちりとあるのだろうね。よりエレガントでテロワールを表現したバランスの取れたワイン、このスタイルをさらに追求していってほしい。

2007年12月6日